『皇帝たちの中国』あとがき

 十八世紀までの古代の歴史を理解するのに、何よりもじゃまになるのが、「国家」という観念である。現代のわれわれは、「国家」という観念に慣れきっていて、国家のなかった時代など、想像もできない。
 ところが実は、国家などというものは、十九世紀になって世界中に広まった観念だ。十八世紀末のアメリカ独立とフランス革命までは、地球上のどこにも国家はなかった。
 ここのところがよくわかっていないと、つい、「中国」という国家があって、「中国人」という「国民」が中国を構成していて、その中国を皇帝が治めていた、という、とんでもない誤解をしがちである。
 ほんとうは、話が逆だ。皇帝が先にあって、その皇帝が営利事業をいとなむ範囲が「天下」で、皇帝が経営する都市に所属する人々が「民」だった。それが十九世紀の国民国家の時代になって、「天下」は「中国」という国家、「民」は「中国人」という国民、と解釈され直した。ここから誤解がはじまったのである。
 皇帝制度は西暦紀元前二二一年にはじまったもので、これが中国文明の起源だが、この制度には、それから何度も大きな、本質的な変化があった。それにともなって、「天下」の範囲も、そのときどきに変わった。言い換えれば、いわゆる「中国」は、一つではない。時代によって、いろいろな中国がある。
 これまでの中国史研究は、この本質的な変化を見落として、官僚の選抜手続きとか、租税の取り方とか、地主と小作人の関係とか、たいくつな社会経済史の細かいことにばかり、頭を突っ込んでいたから、面白い中国史を、ちっとも読者に提供できなかったのだ。
 それよりも、歴史は物語であり、その主題は政治だ。人格と人格がぶつかりあって火花を散らし、その衝突から運命が変転してゆく。それが政治であり、政治の物語こそが、歴史の主題でなければならない。
 その意味では、中国史の主人公として、いちばん歴史の対象にふさわしいのは、やはり皇帝だ。皇帝が強い人格を備えていれば、その影響はたちまち天下に波及する。中国の運命が変わる。
 それなのに、これまで皇帝たちをまともに扱った中国史が少なかったのは、歴史家に責任がある。歴史家が政治音痴では、皇帝たちの立場を理解できるわけがないし、ちゃんとした中国史が書けるわけもない。それに皇帝たちの多くは、中国人ではない。中国文明だけの知識、それも上っ面の知識では、皇帝たちの中国を語るのは無理だ。
 そうした意味を込めて、ここに本書を世に送るものである。

  一九九八年十月十二日               
             岡 田 英 弘