『皇帝たちの中国』まえがき
中国史はつまらない。これが通り相場である。
なぜ中国史はつまらないか。第一に、中国史には、時代ごとの変化がなくて、単調だ。どの時代の話も、似たようなことのくり返しばかりだ。第二に、中国史には、人間らしい人間が出てこない。ぎょうぎょうしい漢字の肩書きが並んでいるばかりで、その下に、どんな人格が隠れていたのか、何を考え、何を感じ、何のために生きていたのか、さっぱりつかみどころがない。これでは面白い歴史になりようがない。
中国史のつまらなさかげんは、実は中国人自身の、歴史に対する態度に責任がある。西暦紀元前二世紀の末に、中国で歴史を書くことがはじまって以来、歴史というものは、皇帝の天下をほめたたえるために書くものだった。書いてあることは、御立派な建前ばかりで、本音はどこにもない。そんな歴史の中から、ものごとの真相をあばきだすのは大変なしごとだ。中国史の歴史家は、お人よしではつとまらない。
そんなつまらない中国史のなかでも、三世紀の三国時代だけは例外で、日本でも人気が高い。人気の理由は明らかだ。この時代には、皇帝のもとに統一された天下、という中国史の建前が破れて、天下に三人の皇帝が並び立つという異常事態だったからだ。言い換えれば、中国が中国らしくなかった時代だ。こういう時代だから、人格と人格のぶつかり合いがむき出しになって、歴史らしい歴史が可能になったわけだ。
しかし、いつまでも諸葛孔明の「天下三分の計」ばかり喜んでいるのでは、歴史趣味としても貧弱じゃないか。もっと変化に富んだ読み物を読者に提供するのは、歴史家の義務だ。それには、人格の強烈な皇帝たちの生涯の物語がいちばんだ。
こう思った私は、東京・西新宿の朝日カルチャーセンターで、「皇帝たちの肖像」と題して、一九九五年(平成七年)一月二十日、二月三日、二月十七日、三月三日、三月十七日の五回、それぞれ二時間づつ講演をした。このとき熱心に聴講された原書房の石毛力哉氏は、講演しっぱなしではもったいないから、一書にまとめて刊行したいと申し出られた。結局、フリーライターの秋山裕美さんが、録音テープをもとに、私の他の著書を参考にして、原稿にまとめてくれた。その原稿に、私がさらに大幅に増補と訂正を加えてできあがったのが、ここに刊行する『皇帝たちの中国』である。
実は、この『皇帝たちの中国』には、皇帝たちの生涯の物語のほかに、もう一つの主題がある。それは「中国」である。「中国」という観念が、どういう曲がりくねった道筋をたどってできあがってきたか、皇帝たちの生涯を語りながら、なるべくわかりやすく説明したつもりである。読者の中国理解に、いくらかでもお役に立てば幸いである。
一九九八年十月十二日 岡田英弘